シーケンシャルツインターボ

RX-7にはシーケンシャルツインターボが載っている。

エンジンが低回転で、排気量が少ない時は1つだけタービンが回り、排気量が増えて2個目のタービンを回すのに充分な風量になると2つ回るというヤツだ。

しかし、今までそれを実感した事は無く、本当に2個目のタービンがちゃんと作動しているのか?ひょっとして初期不良で回ってないんじゃないんだろうか?と常に疑問に思っていた。

で、今日、アクセルベタ踏みのフル加速をやったところ、5千回転位からいきなりタコメーターの上がり方が速くなったのを確認した。

「セカンダリタービンが回るとはこういう事か!」と購入6年目にしてようやく理解した^^;;

前によく回す乗り方をしていた時、やたらと回転数警告音を鳴らしたものだが、なぜ、レッドゾーン直前まで回してしまっているのか理解できなかった。

それというのも、加速時は余裕が無く、タコメーターにしても4千回転くらいまでしか見てなくて、そこまでの回転のあがり方なら、大丈夫と思っていると、5千回転からエンジン回転の上がり方が速くなっていて、レッドゾーン寸前まで一気に回っていたからだ。

今では一つのタービンで、低回転から高速回転域までをカバーできるようになっているので、複雑な機構で、トラブルを招きやすいシーケンシャルツインターボを採用する車はほぼ無いと聞く。

しかし、20世紀末頃では、シングルタービンより、アドバンテージがあるとマツダの技術者は考えて採用し、複雑な制御をセッティングして搭載したのだろうから、その心意気を大事にし、充分味わってみようと思う。

わしは安易に車を改造するべきでは無いと思っている。
例えば、料亭で料理が出て、味わいもせずに辛さが足りないと唐辛子で真っ赤にするのでは、料理人に対して失礼だ。

妥協の産物が存在したとしても、まずは料理人が美味いと考えた料理を味わい、その上で物足りなければ調味料を使うというのが正しい道だと思うな。

 

守銭奴

総務のおばちゃんは今日も休み:-)
課長は、「風邪をひくのはたるんでいる証拠」と言っていた:-D

過去のエピソードを思い出して記録しておこうと思い、いろいろ思い出してみたが、総務のおばちゃんは金の話になると、手をとめて食い入るように聞き耳を立てる。

外勤の営業の人が内勤の営業の人にマンションを買ったとかいう話をしている時なんかに、手を止めて、話している人達をじーっと注視している。

あと、わしが会社の預金、現金の一覧を見て、資金移動計画を立てている時に、「これだけの額のお金を見てどう思う?」とか聞いてきたりしたが、わしは人の金には興味が無いし、会社の金を預かっている以上は、それを正確に管理する職責を任うするだけで、単なる数字の管理以外の何物でもない。

総務のおばちゃんは、人の金だろうと、まとまった金額をみるとわくわくするのか?盗んでやろうと思っているならともかく、この価値観はさっぱり分からない。

金の話が好きなようだが、普段の話では、高級焼き肉屋へ行って、孫が高い肉をたくさん食べ、安い肉では満足しないとか、2万円の蟹を食べてきたとかいう「どうでもいいですよ〜♪」ってな話をする。

この話で期待する効果というのは、人から羨望の目で見られる事が目的だろうと思われるのだが、わしは大食いタレントが大嫌いだし、味の分からんガキに高いものを食わせる親とか、馬鹿じゃなかろうか?と思うだけだ。

以前、紹介した「世の中意外に科学的」(櫻井よし子著)のウォルトディズニーの生い立ちで、ケチで子供を馬車馬の様にこき使い、家でとれたバターをパンにぬるなと言っていた父と、パンの裏にこっそりバターを塗って食べさせていたやさしい母という家庭環境で育ったそうだが、この精神の渇望と母親の愛情で、子供は豊かな想像力を育み、ディズニーランドというものを作り上げる人物となったと書かれている。

子供に何でも不自由なく与えるというのは、教育としては著しく逆効果で、主要国での調査でも日本に無気力な子供が多いというデータが出ているが、欲しがるものを何でも与えるというのが、精神の渇望や気力を無くさせている根源であるというのは説得力があると思う。

2万円の蟹ってのも、親と親戚連中がわしをのけ者にして、毎年高い蟹を食いに行ってるから珍しくもないし、わしは蟹を食うと腹を下すから、本当に「どうでもいいですよ〜♪」って感じだ。食い意地の張ってる人間ならともかく、わしは食べ物に関しては、空腹を紛らわせるものなら何でもいいという価値観なので、食べるのは旨いものに越したことは無いが、別に自分から進んで食べたいとは思わない。

総務のおばちゃんはゴージャスなものが好きみたいで、金を払って得たモノよりは、モノを得るのに払った金の方に拘っている。以前、焼肉屋の話題で、高級な焼肉店と同じ卸から肉を調達しているちょっと下品な焼肉屋とどちらがいいのかという話の時、「高級な方がいい」と即答した。

高品質のモノを得るという目的であれば、コストは安い方がいいに決まっている。しかし、総務のおばちゃんの場合は違う。モノはともかく、「自分はこれだけ金を使った」という事を人に自慢したいようだ。

ある時、業務で銀行へ行く前に、パスワードを教えるから銀行から金を下ろしてきてくれと頼まれた事がある。
パスワードというものは、たとえ肉親と言えど、安易に教えるものではないというのがわしのポリシーで、親のカードのパスワードですら、聞くのが嫌なのに、アカの他人のパスワードなんて知りたくもない。

加えて、目的の銀行はコンビニと提携していて、平日昼間は手数料無料、給料日に近い日は夜21時まで手数料無料だから、会社の帰りにでも下ろしにいけるので、わざわざ他人にパスワードを教えるという危険な事などしなくても、簡単に目的は達成できる。

それを総務のおばちゃんに言ったが、「そんなの面倒だからできない」との事。アカの他人にパスワードを教える方がよっぽど面倒な事になるかもしれないのに、奇妙な事を言うものだとその時は思っていた。

しかし、目的がお金を下ろす事ではなく、わしにお金を下ろさせる事だとすると、この奇妙な行動にある目的があるのではないかという気がしてきた。

今から思うと、預金残高が結構あって、それを自慢するのが目的だったのではないかという気がする。
残念ながら、わしはパシりなんぞしたくないから、預金残高は確認してないし、人の持ってる金なんぞ興味が無いので、これを確かめる方法は無いが、状況から見て、この推論が正しい気がするな。