日本人の道徳

この記事見てふと思った。

また、「テーブルが非常に長かった。向かい側にそのガイドが座り、私の右側に運転手が座った。運転手がいてどうしてその前でセクハラができ、どうしてその前で暴言ができるか」と主張した。

引用元: <尹昶重セクハラ疑惑>前報道官、酒席で被害女性と2人きりだった | Joongang Ilbo | 中央日報.

容疑者らは警察の調べに対し「盗むつもりはなかったが、誰も見ていないと思った瞬間、欲に駆られた」と言ってうなだれた。

引用元: コストコの窃盗件数、周辺大型店の約10倍 | Chosun Online | 朝鮮日報.

まあ、これは鮮人に限った事では無いが、人が見ていなければ、法を犯す事に対して躊躇いがないという事だな。

日本人だと、人の目が無くても法やルールを守ろうとするが、これはやはり「あらゆるものに神が宿る」という神道の考え方によるものだと思う。

神道は意識される事無く、親の躾という形で子供の頃から叩きこまれている。子供に物を大切にする事を教える為に、物には神様が宿っていて、粗末にすると罰が当たるという具合。

そして、日本の昔話には、人の恨みを買うと祟られるという話が目白押し。こういうものが子供の頃から親に叩き込まれると、「悪い事をすると罰を受ける」という意識が刷り込まれ、人間形成に大きな影響を与えるだろう。

あと、日本は狭いので限られた資源を末永く使うのと、災害が多いので、お互い譲り合い、助け合うという事をやってきた。

東北の震災では、米軍が救援物資をヘリコプターで運んだが、住民がわらわら出てきたのを見て、「ああ、また物資争奪か」と思ったそうである。

ハリケーン・カトリーナでも、米軍が被災地に救援物資を運ぶと、人が我先にやってきて、救援物資の箱を引ったくり、逃げるように去っていくという光景が当たり前だった。

しかし、東北の被災地住民は一列に並び、米軍が下ろす物資をバケツリレー方式で運び、物資争奪どころか、運搬の手伝いをしたので、米軍は凄く驚いたとそうである。

この日本人の美徳は大切にして、守っていかなければいけない伝統だな。

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