禅問答

振替伝票のある項目について、ある費用が含まれているので、それを別項目で挙げなければいけないと上司から指摘が入った。

上司はExcelで印字した結果の一覧を見つつ、黙々と電卓を叩き、数字を鉛筆で書いたが、積算根拠がさっぱり分からない。 

「その数字はどうやって出したのですか?」

「積み重ねや」

「何かを電卓に入れて出したんですよね?どうやって出したのですか?」

「だから一日一日の積み重ねや」

「だから、どの数字を足したか引いたかして出したんですか?」

「積み重ねや」

そう言いながら、わしのパソコンの作業中のExcelや経理ソフトを終了させて、別アプリケーションを起動して、何か見せようとしたが、わしはそれを遮り、

「パソコンでソフトを起動しなくても、その一覧で数字を電卓叩いて出したんですよね?そこで数字が出せるのにソフトを起動する必要は無いでしょう?どうやってその数字を出したんですか?」

と言うと、やっと、紙に印字されているある項目の6月分と7月分の集計を足したものだというわしの目的とする回答が得られた。

目的とする数字がCとして、C=A+Bとすると、 わしは「CはAとBを足したもの」という回答を期待していたが、上司は「CはA1+A2+A3+A4+…とB1+B2+B3+B4+…の数字の積み重ねである」と言いたかったようだ。 

そして、わしが何度も同じ事を聞いているのが、上司の的外れな回答によるものではなく、わしが理解できない為だと思い込み、自分の主張を補強する為に「いかに費用が積みあがっているのか」という生データをわしに見せようとしたというところだろう。

手段の為に目的を忘れるという感じ。 
なんかもう嫌になってきたな…

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